ナマケモノの日々

はやく人間になりたいナマケモノの雑記

【非効率的だっていいじゃないか】上手くいかない事も世界を救うと思う。

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たまには自分の考えているめんどくさいことを書いてみる挑戦です。 

些細すぎる話ですが。

今朝職場に到着してから、忘れ物をしたことに気がつき、そのまま一旦帰宅することになりました。

これってすごく非効率です。忘れ物をしないように工夫すべき!とか、前もって準備しておくべき!とか。そりゃそうなんですが、 忘れ物することをそんなにだめなことにしなくて良いやんけーと今は思います。

そんな非効率的な事が起こったとき前なら反省しかありませんでした。でも現在は楽しいんです。え?マゾ?

忘れ物をして時間は無駄にしたかもしれないけれど、例えば忘れ物をしたおかげでいつもより運動になる。車の中でいろいろ考え事ができる。とか。そんな些細なことですが、そこで思いもよらない発見があったりすることも事実です。

毎日計算ずくでも良いですが、計算された事は計算の範囲を超えることはありません。予期しないイレギュラーな出来事があったときこそ、チャンスだなと思います。

 

必要ない物こそ世の中には必要なんじゃないか。

少し前にHulu見ていたドラマで気になった台詞がありました。

必要ない物こそ世の中には必要なんじゃないか。漫画だって、音楽だって、映画だって、テレビドラマだって、お菓子だって無くても生きていけるよ。でも人生の楽しみはそこにあるんじゃないかな。

(闇の伴走車episode2より)

ああそうだなと思うわけです。人生の楽しみは無駄な事の中にこそあるんじゃないか。機能的で無駄のないものってとてもつまらない。

でも世の中はもっともっと、便利で機能的なものを勧めてくれます。

便利で機能的なものは人が経験する機会を奪います。いろいろ知った上でそれを利用するのは良いとおもいますが、経験せずして利だけ得ようとすると、見えない大切な物を失ってしまう。そんな気分になります。

 

人生にとって無駄な事はないと言い切れます。

数年前からミニマルに暮らす事を目標にいろいろな事を変化させてきました。持っていたたくさんの物を人に譲ったり、捨てたり、中古ショップに売ったりしました。

物を捨てていく中で、ひとつひとつの物を見ながら自分の行ってきた無計画な買い物を知り、その根本にあった見栄やプライドに気がつき愕然としました。

なんて無駄なことをしてきたんだろうと思いました。しかし未熟なわたしがその買い物をし、しかもそのものを断捨離するに至るという工程がなければ、自分自身の見栄やプライドに気がつかなかったんだろうと思います。そういった意味で見れば、無駄ではなく有益なことになります。

あの、役に立たない昭和なラジオも。憧れで買ったブランド物も。読みもしない流行の本も、好きな人が好きだったアーティストのCDも。悲しかった出来事も。その一つ一つが自分を作り自分自身を豊かにしてきたように思います。

人生は効率的にはいかない。間違いも犯すし、失敗もする。20代の頃はとにかく失敗と悔しさと楽しさを味わい、30代になるとその後悔や失敗から学んだことにがんじがらめになって、そして30代も後半になってくると、その一つ一つを活かせるようになってきているなと感じます。捨てたもんじゃないぜ!人生よ!

無駄な事している時も、楽しいならいいではないか。無駄な物買ってしまっても、ネタにしたらいいではないか。職場のシャッター壊しても笑えたからいいやないか!ブログ書いてもアクセス伸びなくても楽しくやってるんやからいいやないか!

 

もし今何か上手くいかないことがあったら

とはいえ、人生にはいろいろな苦難が待ち構えています。もし、今何か上手くいかないことがあったとして、今のわたしなら、ちょっとその問題から一旦離れてみよう。と思います。全部が全部成長の糧だ!なんて、その渦中にいる時には思えるはずもないですから。抗っても、流されても、どっちでもいい。なるようにしかならない。大切なことだけ大切にしていれば、嵐は過ぎ去る日が来ます。必ず。

そんでもって、1年後か、10年後か。いつになるか分からないけれど、その問題は自分を豊かにしてくれているはず。上手くいかなくてもいいじゃないか。非効率でもいいじゃないか。そんな事を認められるようになったわけで。歳をとったなあと思います。

という、役に立たない非効率な記事でした。